写楽―江戸人としての実像 (中公新書)
東洲斎写楽ほど謎に包まれた浮世絵師はいません。活動時期が非常に短かったことと、手がけた作品も多くなく、一方で大首の役者絵に代表されるように世界の絵画史的にみても類をみない個性あふれる作品が、洋の東西を問わず多くのファンを作り出しています。
1910年に発表されたクルトの著作をはじめ、実に多くの浮世絵愛好家や歴史家が写楽の実像に迫ろうとして過去において様々な推論を発表しています。いくつかの論考は関心を持って読みましたが、史料の少なさと写楽の画風の特異性によってその人物像の構築と特定の難しさを感じてきました。
本書はそんな写楽の人物像に迫る好著だと言えましょう。筆者中野三敏氏は近世文化史の研究者で近世文献に関する著作も多い歴史家ですので、史料に基づく実証的な記載内容が展開されています。途中の写楽に関係する『江戸方角分』の実証性を検証するための史料批判の部分は歴史にあまり関心のない方には難しいと思われますが、この研究に対する真摯な態度の表れだと読み取りました。
写楽が誰なのかは明確に最終章で論じています。商品説明にもありますが、斎藤月岑著の『増補・浮世絵類考』に記してある阿波藩士斎藤十郎兵衛が写楽である、としています。そこに至るまでの証明の積み上げが素晴らしく、納得できる結論だと受け取りました。
歴史家として実証的な手法による推論ですので、説得力もあり具体的な論でもあり、読者にとって理解しやすい内容でしょう。ただ、写楽の魅力ある作品そのものに触れた著作ではないので、作品論としての写楽論を期待した向きには少し当てが外れたかもしれません。それはそれとして納得していますが。
写楽 (別冊太陽 日本のこころ 183)
浮世絵愛好家、特に写楽好きにはたまらない出版です。今東京国立博物館で「写楽展」が開催されていますが、東博に行かなくても自宅で写楽を堪能できるムックです。
ギリシャ国立コルフ・アジア美術館蔵「四代目松本幸四郎の加古川本蔵と松本米三郎の小浪」という貴重な肉筆画が冒頭に掲載してあります。編者の大和文華館館長・浅野秀剛氏による詳しい解説と作品の拡大があり、その特徴が理解できました。
本ムックは東博の所蔵の錦絵を中心に、慶應義塾、千葉市美術館、山口県立萩美術館・浦上記念館、ベルギー王立歴史博物館、シカゴ、ボストン、メトロポリタン、ホノルル、ベルリン、アムステルダム、トレド、ギメ各美術館などから、写楽が残したほぼ全作品に近い点数を掲載してありました。この網羅性と印刷物の仕上がり、原本の状態の良さなどが特徴として挙げられます。
東洲斎写楽の作品の中で、28枚を数える第1期の大判錦絵の雲母摺による役者の半身像は、高い評価を受けています。1ページ1作品の掲載ですから鮮明に観賞できますし、大首絵の力強い目に引きこまれます。口の描き方や鼻にも特徴があり、そのデフォルメされた様式美が江戸時代には珍しかったのも頷けます。
写楽の活動した時期は、寛政6年と7年の約10ヶ月の間だと言われています。その短期間に、約150枚の歌舞伎の役者絵等を描いて消えたのがとてもミステリアスですし、短い活動期間でかくも印象的な作風を世に問うたわけですから、それは人気を博したことでしょう。
ラストには写楽の人物像に迫る好著を表した中野三敏氏(近世文学研究家)の談話が記されており、学会の支持を得られている説が掲載してありました。
史料に基づく実証的な推論で、斎藤月岑『増補浮世絵類考』に記してある東洲斎写楽が阿波侯お抱えの能役者斉藤十郎兵衛だという過程の実証が素晴らしく、分かりやすく納得できる結論だと思われます。
眺めて良し、読んで良しのムックでした。
写楽考 [DVD]
人生の理想と現実のハザマで生きていくせつなさ、愛と憎しみのハザマで生きていく苦しさをそれぞれの立場で表現されていて、どちらよりの選択をするのかを考えさせられる作品でした。
ラストでせつなさや苦しさを浄化させるような希望を与えてくれ、生きるというすばらしさを感じました。
特典映像も役者さんの魅力が伝わってくる素敵なものでしたよ。
宮城野 [DVD]
3月に恵比寿で上映されたのを観て、もう一度観たいと購入。
この世界観。何と言ったらいいのだろうか…。
一見「鈴木清順」のようであるが、それとはまた違った人物描写の深い作品。
映像が独特で、戯曲や日本画の世界に入っていく感覚。監督独自の世界観がしっかり確立
されている。
通常の「宮城野」は「底辺の女のプライド」を拠り所とした年増女のどうしようもない人生が
主となり、入り込んでみてしまうとどうも重すぎて辛い。
しかし、この作品独自の異次元的な映像で、観る者に良い距離間を持たせてくれる。
しかも役者が素晴らしい。
矢太郎役の片岡愛之助氏の魅力が際立っていて、悪い男だと分かっても惹かれる女性の
気持ちがよくわかる。そばに居るだけで気持ちが持っていかれそうだ。
また、写楽役の國村隼氏の押さえた感じがまた秀逸。彼の圧迫感と抑圧的な迫力があるから
こそ、弥太郎の行動の理由づけとなって理解できる。
ただ、残念なのはこのDVD。ディレクターズカットの上映作品とは違い、監督ではない
他の方が編集されてるとのこと。
上映作より時間が短く、2時間ドラマ的に話が分かりやすくなっている。初心者には分かり
やすいのかも…。
私としてはディレクターズカットの独特の世界観の方が魅力を感じるので、是非
あちらをDVD販売して頂きたい!
なので☆3つで!
写楽 閉じた国の幻
しょっぱなからぐいぐいと引き込まれていきます。
写楽にも北斎にも歌麿にもたいして興味はなかったんですが、
この分厚い本を数時間で一気に読ませてくれる先生の筆力は
さすがです。
写楽にこんな謎があったことすら知らなかったので、謎があると
知れただけでも一つ賢くなれました。
…が、いかんせん、あまりにも悲劇的な主人公の物語と、
写楽の謎解きの展開が、もう一つうまく絡んでいるとはいいがたい
のが気になります。
主人公の物語がどうなったのか気になりながらいつのまにか
写楽の謎解きへ引き込まれ、ふいに現実に戻って、え、あ、そういえば
そっちどうなったの、と思わされたのもつかの間、また再び江戸の
世界へ引きずり戻される、といった感じで、その違和感は最後まで
解消されることなく、先生ご自身が続編の存在をおっしゃられている。
これは、小説の構成としてはどうなんでしょう…
色々と大人の事情もあるのでしょうが、やはり読者としては、
最高の形に練り上げられた島田ワールドを見てみたかったので
そこだけが残念でした。
とりあえず今は続編が楽しみです。