田舎教師 (新潮文庫)
現代でも理想を目指しながら、挫折を味わう人たちは数多いはずなのに、明治時代に書かれたこの物語が古典として生き延びるのはなぜだろう。
末尾に近い主人公の葬式のシーンは「もうやめてくれ」と叫びたくなるほどのリアルさで、読むものの胸を締め付ける。これ以上ない、「挫折」をテーマに生きることの意味と真剣に向き合わされる名著。
恋する日曜日 文學の唄 ラブストーリーコレクション [DVD]
恋する日曜日シリーズでは今までコミックが原作の作品はありましたが、本格的な文学作品を映像化したのはこのシリーズが初めてです。そして、ただ映像化するだけでなく現在に置き換えてアレンジしてあります。そのためか原作の主題を映像化するのに重きを置き、原作とはかけ離れた表現の作品になっているのが多いです。
ただ作品のチョイスは考えられていて、武田麟太郎 佐左木俊郎 林芙美子など玄人好みの、まず商業ベースではドラマ化されないだろうという作品ばかりです。また出演者も粟田麗 橘実里 千葉哲也 他、書ききれないほどの本当の実力派をそろえていて、見ている人をその作品世界にぐいぐい引き込んでいきます。
内容は地味な作品が多いので手をたたいて笑えるような作品はありませんが、じっくりと文学の世界に浸りたいときには最適の作品で、優れた短編集を呼んでいるような錯覚に陥ります。とてもお勧めできるDVDです。
蒲団・重右衛門の最後 (新潮文庫)
『蒲団』はかなり面白かったです。
僕はどちらかというと守りに入りやすい。
そういう意味で、この主人公に似ているなー
昔は、今に比べ恋愛に関する制約がいろいろあったわけで、そこら辺は僕らには全く想像はつかないわけだけど、それでも共感できるのは、恋愛に対して積極的に攻めに行くタイプと守りにすぐ入るやつがいて、守りに入るほうは、勝手に損した気にいつもなっているというか。
そんな愚痴の本だけど、すごく面白かった。
温泉めぐり (岩波文庫)
自然主義文学の旗手として名高い、田山花袋の温泉紀行。
その足は本州から九州に至る全国に伸び、まだ見ぬ登別の温泉にも想いを馳せます。
小説執筆の傍ら、地理の仕事にも携わってきたという花袋だけに、その筆はなかなかに詳細です。
しかし一読して思うのは、その破天荒とも言うべき文体と構成です。
主題と内容が一致していなかったり(藪塚温泉の項)、
また視線の動かし方が唐突で、花袋の想いが関東の温泉から突如九州まで飛んで行ってしまったりする。
読み手にも地理的感覚が要求され、それがない読者は当惑すること間違いなしです。
文体もまた、漢文的表現と散文がごちゃ混ぜでしかも定型的な表現が何度も繰り返され、
読み進めるうちに鼻について仕方がないという感を抱くことも。
「また山巒に嵐気の幽邃かい」
と突っ込みを入れること数え切れません。
一方、雑多なさまはなんでもかんでも「ゴタゴタした」で片付けられてしまい、
しかも最後に「温泉とはそういうものだ」と言い、故に「別府こそ一番だ」と言い切ってしまう。
それまで長々と「嵐気が」「幽邃が」と言っておきながら、何故にその結論かと。
しかしそれでいて憎めない何かがあるのが彼のパワー。
伝統的な山水の風景観と、近代の科学的かつ自由な風景観が、彼の中で共存していたのでしょう。
花袋の文学が漢文的な文体からやがて飾りなき「自然主義」に移行していったことからも、それは窺えます。
そう考えた時、明治以降日本人の美観というものがどう変わって行ったか、花袋を通じて興味深く読み取れるのです。