吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日 (朝日文庫)
源氏名というのか、春駒となった作者の、吉原に売られてからの日記である。
やむを得ず伏せ字になっている箇所も、どういう内容か想像がつくだけに、少しだけ昔の日本でこのような人権蹂躙が行われていたことに、改めて衝撃を受ける。
教育を受けることもままならなかったであろう作者の文章ではあるが、事実の持つ迫力が、多少の文章のつたなさなど覆い被せてしまうものとなっている。
昨今、江戸時代の吉原については、どちらかといえば華やかな印象だけで語られることが多いため、現代の日本人に少なからず誤解を植え付けるおそれがあると危惧していた。そんななか、この本は、近代の吉原がどれだけ残酷な場所であったか、再認識を迫るものであり、多くの人たちに知っておいてほしいものである。
自分が知りうる範囲の先祖が過ごした時代に改めて思いを馳せてみたい。
白蓮れんれん (中公文庫)
この歴史上実在の人物を書くのは難しいですよ
ね。大正天皇の従兄妹だったかな。
圧倒的に、庶民と相対する立場で、しかも時代
は2昔前。この富(財政的には落ちぶれ華族)
も美も地位も生まれながらに持ち合わせた白蓮
を、富と美と地位をがむしゃらに追いかけた林
真理子が書くというの組み合わせに興味があっ
た。
ちなみに、この書籍は、主人公柳原白連が駆け
落ちをした恋人(後の再再婚相手)と交わした
書簡一連を提供されて成立したと言える。
小説の中でのこの書簡集の利用の仕方が若干
弱く、これが星一つ分マイナスの私の理由。も
う少し淡々と使ってほしかった。林真理子色が
強く出すぎた配置のように思う。
林真理子の執筆はシンプルで短文が上手。
白蓮には人間!としての魅力のかけらも感じなか
った。それが林真理子が捉えた白蓮なのか、林
真理子自身なのか、が分からなかった。人間的
奥行きとか魅力がない、というのは、著者の小
説に登場する主人公に共通した点で、そういう
意味では、白蓮は作者によって書きやすかった
のかもしれない。作り手は、自分にないものは
書けないのかもしれない、と改めて感じた作品
だった。
白蓮れんれん (集英社文庫)
この本はすごい。現代でこそ知る世代が減ったけど、大正時代最大級の恋愛事件「白蓮事件」を扱った小説と読み物、研究文献は、あれこれたくさん出ている。いわば、手垢がつきまくったネタなのだ。
事件に好奇心を抱いた一部の人は、今も事件の細部まで知っている。
この耕し尽くされたネタを、関係者への聞き取りや取材を通じて、事実を拾い集めただけでは、小説にならない。
小説は、恋が成就したあとの過酷な現実も描いていた。駆け落ちしてすんなりと新しい生活を始めたのではなく、会えない状態がかなり長かったこと。使用人に囲まれていた生活は一変し、自分で炊事洗濯をする白蓮。そして、宮崎龍介との愛の結晶だった、その子どもが、特攻隊員として配属された鹿屋で戦死していたこと。
多くの人の記憶は、「愛人と駆け落ちして恋を貫いた」ところで止まっていた。 小説はその先を描き、しかも、資料や聞き取り調査による事実に押しながされることなく、小説としての面白さを備えていて最後まで緊張をゆるめない。
知っている人が熟知するネタに挑み、小説として読ませる!林真理子さんの創作力の大きさに感動する作品です。