ハラスのいた日々 (文春文庫)
犬を飼う。ありふれた事柄です。
犬なんぞどこにでも転がっています。
そのどこにでもいるイヌコロの一匹が、いざ、一緒に暮らしてみると、いつの間にやら掛け替えのない何かになります。
この本には、「ハラス」と名づけた柴犬との暮らしが淡々と綴られています。山で生じた失踪事件もありますが、多くは日常の出来事が描かれています。しかし、描かれている犬へと向かう感情はたいへん深いものがあります。
そうした中で得られる、その深いものが日常の出来事の中に滲み出ていて、この本を読む者はこころ打たれます。
文庫版の方が売れているようですが、ハードカバーのこちらを手元に置いて、だいじに繰り返し読んで欲しいですよね。中野センセ。
足るを知る 自足して生きる喜び (朝日文庫)
定年を数年後に控え、定年後どうやって生きていけばいいのか、暗中模索している。現役を続ける人、趣味三昧の人、晴耕雨読の人、各人各様。でも私にはどれもしっくり来ない。たまたま、ガンから生還した女性が「足るを知る」心境になり、生きることが幸せだと言っていたので、この言葉が気に入り、本書を手に取った。
自分自身の心が弱っていた時だったためか、全ての言葉た頭に染みいるように入ってきた。何も貧乏が良いと言っているのではない。自分の立ち位置を一段下げてそこから自分を見直してみれば、全てが足りているし、それは凄く幸せなことだ。「生きてるだけで丸儲け」ということばあるが、「足るを知る」とはそうゆうことだ。「自足した柔らかな気持ちで居るとき、人はリラックスするのであり、潜在能力が沸いてくる。心が欲望や恐怖に駆られると、この能力は意識下に深く隠れてしまう。それを如何に呼び戻すか。それは「自足の心」ではないだろうか」という言葉に痛く感動した。度々加島祥造の老子が出てくるが、こちらも是非読んでみたいと思った。
清貧の思想 (文春文庫)
中野氏も四十歳までは良寛、『方丈記』、『徒然草』などはみな黴臭い昔者の話として関心を持つことがなかったが、この本を書くことを編集者から薦められて書き出したら、面白くてほかの仕事をすべて放擲して書き進んだと述べている。
洋風の着物をきて、住む所も洋風のところが多くなって、欧米スタイルの生活に移行して、欧米人を外見上の差がみられなくなってきた現在であっても、日本人の多くは自分を日本人と思っている。著者は、古来の典型的な日本人の生き方を渉猟して、彼らの「こころ」こそが大切であることを再発見した。本阿弥の母・妙秀「慳貪にして富貴なることを嫌う」、鴨長明「三界は只心ひとつなり」、良寛「つきてみよ ひふみよいむなや」、芭蕉「一句として辞世ならざるはなし」などの一角の言辞をとらえてその下に存在する大きな氷山のような魂の世界を読者に納得させてくれる。
大量生産・大量消費の生活態度に疑問符を抱く日本人が多い。その現代に日本人として冷静に対処するために、そう簡単に俗から足を洗うことができないにしても、心の片隅におくべき座右の書といえる。